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図書館のネズミ

Author:図書館のネズミ
図書館と博物館が好きです。
雨上がりのポプラの匂いも好きです。
もうやめた!と思いつつも気が付くと考え続けています。
記事数が1000を超えているので、右上の検索窓を使って記事を探すことができます。
「気温」でも「夢」でも「図書館」でも、お好きな言葉でどうぞ。

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赤い色は赤く見えるのか
高校の倫理社会の授業で先生が
「誰かと何か赤いモノを見ているとき、見えているのは同じ赤い色なのだろうか?」と。
生徒たちは「ううう~ん」ざわざわ。
他人の頭の中は覗けないぞ?
「でも、これはみんな、赤だってわかるよな?」
と、先生は赤のボールペンを見せる。
「じゃあ、この赤いボールペンが緑色に見える人がいたとしよう」
「その人は自分が緑色に見えるものは「赤い」と教えられるワケで」
「そうするとその人は緑色のものを見て、赤い、と言うから」
「赤いボールペンを見たらやっぱり赤いって言うんだよな」
生徒たち、「あ、そっか」と思いつつも・・・
ナンだかダマされたようで、しばし「あれえ?あれえ?」と悩んでいた。

身体に受ける刺激は同じでも、人によって感じ方は違う。
感じることは個人に属するから。
それでも
刺激が同じで・受信器官が同じならば同じ反応が起きるはずだ。
たぶんそのおかげで、大体の人は同じことを同じ感じで受け取るのだろう。
ただもちろん、人によって受信器官の感度や反応は多かれ少なかれ違うのだが。

さてそこで
平均的な受信器官と、そうではない受信器官とがあって
たとえ赤く見えるべきところが緑に見えてしまう人でも
それを赤だと意味づけられれば
それはそれで特に生活に支障は無い、というのは面白いことだ。

同じモノを見て
違う感じ方をしていても
同じモノだと意味づけられる。

やっぱりナニか、不思議に思う。





コミュニケーション | 22:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
ウマいのマズイの
北野武のお母さんは猛烈な人で
ご飯の時に「これ、ウマいなー」などというと
「ウマいのマズイの言ってんじゃない!」と叱ったそうだ。
食べられるだけで有難いと思え、ということだったのだろう。

ウチのおじいちゃんがカラオケ仲間とお食事会に行ってきた。
会場は奮発して某有名ホテルの和食レストラン。
そりゃあさぞかしご馳走なんでしょうねえ、とおばあちゃんと話していたが
帰ってきて言うには、あんまりウマくなかったとかで。
食事の席で仲間に「あんまり美味しくないなあ」と言ったら
お宅の奥さんは料理が上手なんだねえ!と言われたのだと。
それを聞いた「お宅の奥さん」=おばあちゃんは大笑いしていた。
いやいやいやいや
おじいちゃんは「こってり」「はっきり」した「濃い味」でないと満足しなくて
お上品な和食だと「味がしなかった」のだと思う。
甘いのはお好き?

以前、列車の中で向かいに学生グループが座っていて
一人の男子が「これ、すごく美味しいんだよ、食べて食べて」と、みんなにガムを分けた。
それぞれがもらったガムをかみ始めて・・・
「ね?美味しいでしょ?」とその子が言うも、みんな妙な顔になり
そのうちの一人が
「お前、これマズイよ?」と。
「え、うそー!美味しいでしょ?」と隣の女子に言うと
その女子はものすごく困った顔をして言葉が出ない。
焦りまくるガムの男子に、マズイと言った男子がとどめの一言を。
「お前これ人生最悪の味だぞ!!」

普段忘れがちなのだけど
味と言うものは、個人の体験なのだなあ。
自分が美味しいと感じたら他の人もみんなそう感じると思ってしまうけど
美味しいとは感じても、実はそれぞれの美味しさなのだ。
わかるとかわからないとか
なにごとの不思議無けれど。





判断 | 22:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
セーターを洗いカゴで洗う
雪まつりも終わって日脚がはっきりと伸びてきた。
春まであと少しだ♪
となると、冬物を洗濯して片付けなくちゃ、である。
以前、「セーターを洗う!」を書いた。
ホントはこの記事に画像を付けたかったのだが
洗い場が少々暗くてブレてしまって載せられなかった。
先日セーターを洗ったので、今度こそと思ってカメラを構えて
「大丈夫、載せられる」くらいの画像が撮れたので再び記事にした。

使うのは「ぬるま湯」というか35度くらいなので「人肌」のお湯。
お湯に入って「のんびりした」ウールを冷たい水に入れると急に縮んでしまうので
洗いからすすぎまで「人肌」のお湯を使うこと。
この人肌のお湯に洗剤を溶かして
セーターを畳んだ状態でネットに入れて浸す。
20170201 003
3分~5分くらいそのままにしておいてから
セーターの中のお湯を揺らすように
手の平で「ふわふわ」押す。(決して、こ・す・ら・な・い!)

お湯を切るときにはこうやってカゴの部分だけ持ち上げればいい。
20170201 017
1分くらい「ふわふわ」したら、セーターを入れた容器ごと傾けてお湯を捨てる。
(絶対に、し・ぼ・ら・な・い!)
大体お湯が切れたら
セーターに直接当たらないように、すすぎのぬるま湯を入れる。
また、「ふわふわ」とお湯を揺らして30秒。
2回すすげば大丈夫。

うちの洗濯機は二漕式なので、脱水機で15秒…なのだが
いまどきは全自動だと思うので
洗いカゴに入れておいて、ある程度水が切れたところで
畳んだタオルの上に形を整えて広げてやればいい。
20170201 019

この洗いカゴは30年以上前に買って使い続けていたもの。
今はステンレス製の料理用バットを使っている。
凝りすぎより簡単が好き






実用 | 22:00:00 | トラックバック(0) | コメント(2)
カール・セーガン
新聞の書評欄で「カール・セーガンの科学と悪霊を語る」を見て
早速図書館にリクエストして一番に借りて読んだ。
貸出日数の2週間ぎりぎりかけてやっと読み終えたほどの
分厚くて内容の濃い本だった。
一言で言えば
全ての人に科学的であってほしい、ということ
なのだが、私が一番強く印象付けられたのが
この本の冒頭、カール・セーガンの5歳の頃のエピソードだった。
ある日、お父さんから大きな数について教えてもらって
1から1000まで数字を書いていきたい、と思った。
家に計算用紙などは無かったが
クリーニングに出したシャツについてくるボール紙が取ってあったのを出してくれる。
しかし、200か300かまで書いた所でお風呂の時間になってしまった。
そこでお父さんが助け船を出してくれる。
カールがお風呂に入っている間、続きを書いてくれるというのだ。
カールがお風呂から上がってくると
900の一歩手前まで書いてあって
カールは寝る前に、1000まで書き上げることができたのだ。
「大きな数というのは、何て大きいんだろう!」
「この時の感銘は、生涯私の心から消えることはなかった」

小学生を持つ親として、本当にしびれたエピソードだった。
カール・セーガンの両親は東欧からの移民で
父親は洋服の生地を裁断する仕事をしていた。
決して知識階級の人間ではないが
知的好奇心を持つ息子に、適切な教育を受けさせた。
苦労したことだろうと思う。

カール・セーガンは科学を敵視し、憎悪するような風潮を嘆き
何とか自分たちの子孫が知の暗闇に呑み込まれないようにと願いつつ
この本を最後にまだ62歳の若さでこの世を去る。

この本は現在、ハヤカワ・ノンフィクション文庫になっている。
「悪霊にさいなまれる世界」〈上・下〉―「知の闇を照らす灯」としての科学

シャツについてくる薄いボール紙を見るたびにこの本を思う。

(この本は図書館に返したあと、どうしても手元に置きたくなって購入した)





教育 | 22:00:00 | トラックバック(0) | コメント(3)
教えて欲しいとき要らないとき
昨日は教えたかったけど、ぐっと我慢したハナシを書いた。
で、ナンで我慢したかと言うと
知り合い同士で楽しく悩んでいた様子だったから。
正しいアクセントを教えてあげれば・悩みの沼から救い出せる
というワケではなかった。
もちろん
見ず知らずの他人から
「突然ですが」と声をかけられたら困惑モノだ。
ここで「しゃしゃり出て」は要らぬお節介というもの。

そういえば
これまで見ず知らずの人に口出しをして・教えたことが二度だけあった。
どちらも試験で焦っていた高校生たち。
混雑したバスで参考書を開いて
「ちょっとー、こういう働きするの、なんだったっけー!」
「あー、そういうの、ナンかあったよねー、今日出たらどーしよー!」
おまいさん、困っておるようだの・・・
話しかけるのは、そういう時だけ。
あまりの切羽詰った様子に、つい出来心で声をかけた。
たまたま自分が知っていたことだったから。

さてそこで
もし自分だったらどうだろう。
すぐに知りたい、教えてほしい、そういう時には
周りを見回して、目で助けを求めるとか?
高校生たちは友達同士で助けを求めあっていたんだな。
あ、でも、もしかして
知ってるけど、ワカラナイふりをして・教えないで
自分の順位を上げようとしていたとか?
「このババア、余計なことしやがって!」なんて思われてたとか(汗)
コワイ、高校生コワイ。(違)





判断 | 22:00:00 | トラックバック(0) | コメント(1)
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