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図書館のネズミ

Author:図書館のネズミ
図書館と博物館が好きです。
雨上がりのポプラの匂いも好きです。
もうやめた!と思いつつも気が付くと考え続けています。
記事数が1400を超えているので、右上の検索窓を使って記事を探すことができます。
「気温」でも「夢」でも「図書館」でも、お好きな言葉でどうぞ。

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文化というものは
「文化が盛んなところでは文書を大切にする」
「市井の商取引の帳簿は商法や民法の起源ともなり、国の秩序にかかわってくる」
「その記録を大事にして集積する」
「政治の場における文書や法典などは、みな実に貴重」
「西洋には博物館があり、些細なものでも収蔵している」
「図書館や文書館を設置して断簡や廃棄されそうな文書さえ集めて保存している」
「これが文化の極致と言うべきであろう」

これは明治4年から6年にかけて
岩倉具視をはじめとした明治新政府の使節団が
米欧を歴訪した折の報告書「米欧回覧実記」に記されたことだ。
進んだ米欧の仕組みや文化を目の当たりにして
国の作りが、そもそもから違うと実感したのだろうと。
この時には記録の重要性を痛感したはずなのだが
そもそもの姿勢が違い過ぎて
大転換するのは無理だったのだろうなあ、と。
議事録すら取らないだの
取っても即座に廃棄するだの
記録を保管する場所が無いだの
予算が足りないだので
どれだけの記録が消えて行ったことか。

確かに日本は日常的に天変地異があって
火事や洪水でモノが壊れては作り直すを繰り返してきた。
それだから、古いモノがそのまま残っていたりすると
それだけでむやみと有難がるものの
残していく労力は使いたがらず・そもそも新品を喜ぶ傾向があって
博物館では学芸員が観光マインドで金儲けをしろと尻を叩かれて・・・。

岩倉具視たちが草葉の陰で泣いて
いや、怒ってるのじゃあるまいか。

どんなにスゴイことでも
博物館のお仕事
雑芸員と専門家




博物館 | 22:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
仕事モード
大変だあ!というときには
自分はどうやらスイッチが入るようだ。スイッチ入ってる♪
「スイッチが入る」と例えたのは
いきなり「どんでん返し」のように
ぐるりん!と自分の中身がひっくり返って
日常モードではない自分が出現するからだ。
どう違うかというと

自分のやりたいことではなく
自分がやるべきことをやる!

これがいわゆる仕事モードというヤツか。
ツライとか・イヤだとか・もうやめたいとか・逃げ出したいとか
そういう気持ちは「だまらっしゃい!」と切り捨てる。
自分の気持ちはぐるっと後ろ側に回して
見えなくしてしまうのだ。
そうすると、当然
自分の気持ちは疲れてきて・耐えきれなくなっても
自分からは見えないから
破綻するまで自覚できない。
で、破綻する前にどうにかしなくちゃ
という「安全スイッチ」を最近になって装備した。
危なくなるとウルトラマンの胸のカラータイマーのように
信号がカワイク点滅するのだ。
仕事には休みが付きものだと心得よ。
ずいぶん大人になった。

休むのも仕事のうち




仕事 | 22:00:00 | トラックバック(0) | コメント(1)
補聴器
どうにも聞こえづらくて、補聴器は買ったものの・やっぱりよく聞こえなくて
使わないで放ってあるという高齢者は少なくない。
中には、高額な補聴器が何台も引きだしに入ったままという人も。
試にウチのじいちゃんの補聴器をちょっと付けてみたら
確かに音は大きく聞こえるが
トラックの走る音も新聞紙のガサガサいう音もテレビの音も
何もかも大きく聞こえて、ナルホドこれは大変かもと思ったものだ。
補聴器というものは、使いこなすには慣れが必要で
慣れるまでには半年くらいかかるとか。(いやはや)
高齢のおばも補聴器を買ったのだが、やはり使っていないという。
そもそもなぜ買ったのかというと
家族が出先から携帯でかけてくる電話の声が
「わあわあ」としか聞こえなくなったからだと。
ところが、ですよ
先日ウチのおばあちゃんが、そのおばと話していたら
家族が出先から、こんなこと言ってきたよ、と・・・
あれ?携帯の声、聞き取れてるじゃん!
そういえば
先日、そのおばの家族と会ったとき
おばの耳がずいぶん遠くなったという話になったので
耳が遠くなった人と話すときには
ゆっくり・はっきり・聞こえる音域で・わかるように話すといいですよ
と、個人的見解を伝えていたのだ。
今まで、携帯からかけると音が悪いのかもしれないねえ
と言っていたのだが・もしかしたら
「わあわあ」と聞こえていたのは、早口で「わあわあ」しゃべっていたという?
おばの家族は
ゆっくり・はっきり・聞こえる音域で
わかるように話すようになったのかもしれない。
ちなみに
ウチのおばあちゃんはいつも、耳の遠いおじいちゃんと話しているので
大きな声で・はっきりしゃべるクセが付いていて
おばはウチのおばあちゃんとなら、不自由なく電話で会話ができる。

本当は複雑な耳が遠いということ




コミュニケーション | 22:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
まずは落ち着いて
知り合いのお年寄りに電話をかけたうちのおばあちゃんが
「大丈夫だから!」
「あわてるんでない!」
「まあ、落ち着いて!」と繰り返している。
ありゃ、何事ぞ?
しばらくの間、一生懸命になだめていたが
ようやく受話器を置いたおばあちゃんが教えてくれるには
「いきなり、大変な事が起きたっていうの」
「何事かと思ったら、町内会費のことで電話が来たんだって」
「それで払わなくちゃって、タクシーに乗って行くっていうの」
「家の中、やっとのことで歩けるくらいなんだから、それは無理だって」
「町内会費なんて、慌てて払うことないって」
「子どもが戻って来たらやってもらえばいいんだからって」
「とにかく落ち着いて、絶対一人で慌てて出かけちゃダメだって言ったの」
「慌てて転んで、怪我したらどうするのって」
あーらあらあら、それは大変でしたね。
そこで、私がおばあちゃんに言ったのは
「これが、オレオレ詐欺に引っかかったときの状態ですよ」
おばあちゃんは
「あー、そうか!」とようやく納得してくれた。
お年寄りが、いわゆる特殊詐欺に引っかかるのは
「大変だ!!」と慌てて、まともな判断ができなくなるからだ。
言われたとおりにお金を振り込んだり・誰かに渡したりして
ようやく落ち着いて・息子に連絡を取って・・・orz
おばあちゃんは詐欺に引っかかったニュースを見ては
「ナンでひっかかるかねー!?」と不思議がっていたが
町内会費の話で、これだから
これどころではない、会社のお金だの事故だのの話を聞いたら、ねえ?
とにかく、おばあちゃんがその人に電話をかけてよかった、と思う。
心配事を話せる人がいるということも
災難を防ぐための大事な要素だ。

孤独にしない
ちょっとびっくりしてもいい
被害のニュース





気持ち | 22:00:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
ご苦労様かお疲れ様かありがとうございますか
宅配便の配達の人には必ず
「ご苦労様でした」と頭を下げるのだが
「ご苦労様は、かんっぜんに上から目線だ!」という意見を頂戴した。
イマドキのビジネス用語だと
必ず「ありがとうございました」を使うのだそうだ。
だけどさ
言い方ってのもあるのじゃないの?
それにそれはビジネス用語でしょ?
「ビジネス用語が段々ひろまっていく」のだそうだ。
時に日本語を教える身として意地になって考えてみた。
目上の人に「ご苦労様」はナシ、というのは賛成だが
自分と同格の人間に使ってはダメなのか?
もし、自分が配達して、受け取った人が
「ご苦労様でした」と頭を下げたら・・・これはオケ、だな。
「ありがとうございました」だったら・・・ちょと、もにょる、かな。
妙に親しいような・・・いや、言い方かな?

言葉は絶えず変化していて
教科書では「使ってはイケナイ」用法でも
30年も経つと「いいのじゃないの?」になることは珍しくない。
言葉そのものばかりではなく
使う場面でも・言い方でも、受け取る意味合いはいくらでも変わる。
もし、この使い方でいいのじゃないの?という人が過半数になったら
その言葉の使い方は間違いとは言えなくなる。
言葉は「現況優先」だと思う。
一方で、ビジネス用語というのは
往々にして「大きく」安全を見込んでいるものなので
「ありがとうございます」は非常に無難な選択だ。
しかし、繰り返すが「ありがとうございます」には
相手が自分のために「わざわざ」何かをしてくれたような感触があり・・・
宅配のお仕事をする人に「ありがとう」を使うと
ナンかこう、親しすぎるような気が・・・考え過ぎだろか?
どういう言葉をどう使うのがお互いしっくりくるのか
みなさんに聞いてみたい。





言語 | 22:00:00 | トラックバック(0) | コメント(1)
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